60wt%過酸化水素の実用化
60wt% hydrogen peroxide
近年、質量 100kg 以下の超小型人工衛星の開発が増えており、サイズの小ささやコストの安さから民間企業や大学でも研究活動が可能となりました。そして現在では、技術実証等のために開発された超小型人工衛星は大型ロケットに相乗りするピギーバックという形で打ち上げられるようになり、深宇宙探査ミッションや地球観測など、高度なミッションを担当する超小型衛星の開発も数多く行われています。ここで、人工衛星が小型化するに伴い、推進系の小型化も求められるようになります。ピギーバック方式で他の人工衛星などと一緒に打ち上げられることの多い超小型探査機では、深宇宙探査の際などに探査機がロケットから切り離された後も軌道変更が必要な場合があります。したがって、安価で安全かつ小型なキックモータが必要となります。
現時点で候補に挙げられている酸化剤は、気体酸素や液体酸素、亜酸化窒素などがあります。しかし、どれを取ってみても安全管理や取扱面でデメリットが存在し、完璧な酸化剤とは言い難いです。そこで、60wt%過酸化水素水は常温で液体のまま保存ができ、低価格で入手できることから、ハイブリットロケットの安全性・低コストといった利点をより高めることができると考えられます。
過去にも酸化剤として過酸化水素を用いる研究は行われてきたが、その多くは80wt%以上の高濃度過酸化水素を用いたものです。ただし、自己分解性を持つ過酸化水素では、65wt%以上で分解熱が蒸発潜熱を上回るため、一度分解が開始されると連鎖的に分解反応が進行してしまい、内圧が上昇し容器破損の危険が伴います。
60wt%過酸化水素は自己分解性がなく、民生品として入手可能です。また、比推力は真空中で290sまで大きくなります。しかし、60wt%過酸化水素は燃焼ガスの多くの部分が水であるために点火と保炎が極めて困難であり、80wt%以下での保炎例はほとんど存在しません。点火と保炎に成功すれば、60wt%過酸化水素はこれまで利用されてきた酸化剤の中で非常に適したものになり得えます。そこで、以下の 3 つの工夫を行うことで、点火に成功しました。
点火成功の様子
(1)CAMUI型燃料の採用による保炎性の向上
(2)触媒によって発熱分解された高温の酸素による点火
白金触媒により過酸化水素を分解し、その生成物に含まれる気体酸素を酸化剤にして点火に成功しました。
(3)溶解ノズルによる点火時の燃焼室圧力の引き上げ
溶解ノズルはグラファイトノズルの内側に装着する高密度ポリエチレンのノズルのことです。ノズルスロート部に溶解ノズルが取り付けられることでスロート断面積が絞られ、小流量での点火時でも燃焼室圧力を高くすることができます。点火後は熱により溶解ノズルは溶けて無くなるため、本燃焼時には設計通りの燃焼となります。
溶解ノズル
今後は、以上の点火に関する先行研究をもとに、保炎に関する研究を行っていく予定です。