ハイブリッドロケットとは


  ハイブリッドロケットとは,相の異なる燃料と酸化剤(一般には固体の燃料と液体の酸化剤)を推進剤とするロケットです.従来のハイブリッドロケットは図1のような燃料の形状をしています.燃料にポートと呼ばれる穴が開いており,このポートに酸化剤を流し,点火することで燃焼が生じます.一般的なハイブリッドロケットの燃料には,炭化水素系高分子材料(プラスチック)が用いられるため,燃料に火薬を用いる固体ロケットや液体水素を用いる液体ロケットに比べ,製造,貯蔵,および輸送中に爆発する危険性がなく,長期保管も容易であるといった特徴があります.さらに,推力制御可能,構造が簡素で安価,推進剤が入手しやすいといった利点もあります.

  
図1.従来型ハイブリッドロケットの燃料
  ハイブリッドロケットは,その高い安全性と価格の安さが固体ロケットや液体ロケットより優れているとして注目され,大学や民間企業で活発に開発が行われています.さらに,アルテミス計画や有人火星探査において,月や火星で燃料を長期間保管する必要がありますが,安全であるハイブリッドロケットはこの用途において最適であると言えます.このように,多くの可能性を持つハイブリッドロケットですが,これまでのハイブリッドロケットは以下のような欠点を持つために,実用化された例はほとんどありません.
(1) 燃料と酸化剤の混合が不完全なため,燃焼効率が低いこと
(2) 固体燃料の燃料後退速度が小さいため,推力が低いこと
(3) 燃焼中に当量比(O/F)が変化するため,比推力が低下すること
これらの短所を改善するために,私たちの研究室ではCAMUI式と,端面燃焼式という2種類のハイブリッドロケットを研究しています.

CAMUI式ハイブリッドロケット


  CAMUIとはCascaded Multistage Impinging-jet(縦列多段衝突噴流)の頭文字を取ったものです.また,北海道に古くから伝わる神威(カムイ)という神と名前を掛けています.
  CAMUI式における燃料は図2(a)のように2つのポートが空いた,軸方向長さが短い燃料ブロックになっています.この燃料ブロックを図2(b)のように,燃焼室内に縦向きで,互いに 90°ずらして複数個配置します.燃焼室上流から供給された燃焼ガスはポートを通過し,次の燃料ブロックの表面に衝突します.このとき,衝突面で衝突噴流熱伝達を伴う燃焼が生じます.衝突噴流熱伝達とは,噴流を壁面に衝突させると,そのよどみ点付近で高い熱伝達が得られるという現象です.これを利用することで,燃料表面が十分に加熱され,ガス化が促進され,大きな燃料後退速度を得ることができます.また,燃焼ガス中の未燃ガス成分が衝突噴流の乱流成分によって撹拌され,よどみ点付近で酸化剤と良く反応するので,高い燃焼効率を得ることができます.以上のような仕組みにより,CAMUI式では,上記の従来のハイブリッドロケットの欠点の内,(1)と(2)を克服することができ,燃焼効率の向上および高推力化に成功しました.
図2.CAMUI式ハイブリッドロケットの燃料
(a)
(b)
  これまでに小型から大型まで,さまざまな実証試験を行い,ロケットとしての利用に必要な基礎性能を取得してきました.現在は,人工衛星に搭載するキックモーターとして利用することや,酸化剤に安全で入手しやすい過酸化水素を用いて,より安全,低価格で高性能な推進機を作るための研究を行っています.
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端面燃焼式ハイブリッドロケット


  端面燃焼式ハイブリッドロケットの燃料は図3のように,たくさんの微小ポートが密に配置された形状となっています.図3の場合は,直径0.3 mmのポートが433個配置されています.以前まで,このような緻密な構造を持つ燃料を作ることはできず,研究が進められずにいました.しかし,最近の3Dプリンターの発達により,燃料の製作が可能となり,以来,世界に先駆けて端面燃焼式ハイブリッドロケットの実用化に向けた研究に取り組んでいます.

図3.端面燃焼式ハイブリッドロケットの燃料
  端面燃焼式ハイブリッドロケットの概念図を図4に示します.酸化剤が1つ1つのポート内に流れ,各ポート出口端面で火炎を形成します.このとき,火炎はポート径を広げながら燃焼していくので,やがて隣接するポートの火炎と繋がります.このようにして,全てのポートの火炎が繋がり,1つの火炎として燃焼していくという燃焼方式が端面燃焼式ハイブリッドロケットの特徴です.この燃焼方式では,酸化剤と燃料の接触面積を広くとることができるため,燃焼効率の向上が期待でき,火炎は燃料表面に非常に近いところに形成されるため,燃料表面が十分に加熱され,燃料後退速度の向上も期待できます.さらに,燃焼面積が変化することなく燃焼が進むので,燃焼中に当量比(O/F)の変化がなく,比推力の損失がありません.従って,上記に挙げた従来のハイブリッドロケットにおける3つの欠点全てを解決することができます.それどころか,その燃料後退速度はとても大きく,固体ロケットを凌ぐ推力を得られます.

  
図4.端面燃焼器ハイブリッドロケットの概念図
  端面燃焼式ハイブリッドロケットの構想は1997年に考案されていましたが,当時は燃料の製作が不可能だったために,研究を行うことができず,2014年になって初めて燃焼実験に成功しました.そのため,端面燃焼のメカニズムについて分かっていないことがたくさんあります.そこで,私たちは,燃焼メカニズムを解明するとともに,端面燃焼式ハイブリッドロケットを打ち上げロケットや,人工衛星に搭載するキックモーターとして利用できるように研究を進めています.
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ハイブリッドキックモーター


  近年,小型人工衛星の打ち上げ需要が急激に増加しています.しかし,人工衛星の打ち上げ希望数に対して,人工衛星を宇宙空間まで運ぶロケットの打ち上げの機会が大幅に不足しており,小型衛星を打ち上げるためには,大型の主衛星の打ち上げの際の余剰打ち上げ能力を活用する,いわゆる相乗りをすることが主流となっています.この相乗りには,単独でロケットを打ち上げるのに比べて遥かに少ない費用で人工衛星を宇宙空間に輸送できるという大きなメリットがある一方,打ち上げ時期や投入軌道を自由に選ぶことができないというデメリットが存在します.そこで,当研究室は,小型衛星の軌道変換用スラスターにハイブリッドロケットを用いた,“ハイブリッドキックモータ”の研究・開発を進めています.
  ハイブリッドロケットはその安全性・低コスト性の観点から相乗りに適したキックモータなのです.(https://www.isas.jaxa.jp/home/smallsat/tra-b/plan_a01.html)
  打ち上げ用ロケットでは,打ち上げ時に一度点火ができれば良く,再点火性は必要がありません.しかし,宇宙空間において,交点を持たない軌道への軌道変換(ホーマン遷移等),他天体周回軌道への軌道投入,あるいは重力天体への着陸等を目的としたキックモータには,再点火性が不可欠です.(図5)
  今後は,2023年の実ミッション(未定)に向けて,

  1. 高比推力を維持する固体燃料形状設計の自在性の確立
  2. ノズルスロート浸食履歴を予測した上での最適ノズル形状設計
  3. ノズルスロート浸食を抑制するノズル材料と作動条件の確立
  4. 自己加圧供給型の酸化剤流量系の確立
  5. 宇宙空間でのキックモータ再点火技術の確立
  6. 6軸推力計測のデータ取得方法および力学分析
  7. 姿勢制御用のコールドガススラスターの開発

等の研究に取り組んでいきます.

  
図5.キックモータによる軌道変換
  JAXAでは,過去20年間のうち42回H2ロケットを打ち上げていますが,そのうち深宇宙への打ち上げは4回しかなく,小型人工衛星が深宇宙へ打ち上げられたのは2014年の「Procyon」の一度きりです.ロケットの打ち上げ回数が少なく,小型人工衛星の軌道投入機会が少ないことがわかります.
  小型人工衛星を目的の軌道に乗せるために,小型人工衛星に相乗り可能なサイズの小型キックモータを搭載し,GTO(静止トランスファ軌道)まで相乗りさせ,そこから700 m/s ~ 1 km/s程度の速度で増速させます.JAXAでは,GTO軌道までの打ち上げであれば,過去20年間で19回も行っており,深宇宙への打ち上げ機会よりも多く,GTOまで相乗りできれば,キックモータによる増速で小型人工衛星による深宇宙探査機会を飛躍的に増加させることができます.
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60wt%過酸化水素の実用化


  近年,質量 100kg 以下の超小型人工衛星の開発が増えており,サイズの小ささやコストの安さから民間企業や大学でも研究活動が可能となりました.そして現在では,技術実証等のために開発された超小型人工衛星は大型ロケットに相乗りするピギーバックという形で打ち上げられるようになり,深宇宙探査ミッションや地球観測など,高度なミッションを担当する超小型衛星の開発も数多く行われています.ここで,人工衛星が小型化するに伴い,推進系の小型化も求められるようになります.ピギーバック方式で他の人工衛星などと一緒に打ち上げられることの多い超小型探査機では,深宇宙探査の際などに探査機がロケットから切り離された後も軌道変更が必要な場合があります.したがって,安価で安全かつ小型なキックモータが必要となります.
  
図6.点火成功時
  現時点で候補に挙げられている酸化剤は,気体酸素や液体酸素,亜酸化窒素などがあります.しかし,どれを取ってみても安全管理や取扱面でデメリットが存在し,完璧な酸化剤とは言い難いです.そこで,60wt%過酸化水素水は常温で液体のまま保存ができ,低価格で入手できることから,ハイブリットロケットの安全性・低コストといった利点をより高めることができると考えられます.
  過去にも酸化剤として過酸化水素を用いる研究は行われてきたが,その多くは80wt%以上の高濃度過酸化水素を用いたものです.ただし,自己分解性を持つ過酸化水素では,65wt%以上で分解熱が蒸発潜熱を上回るため,一度分解が開始されると連鎖的に分解反応が進行してしまい,内圧が上昇し容器破損の危険が伴います.
  60wt%過酸化水素は自己分解性がなく,民生品として入手可能です.また,比推力は真空中で290sまで大きくなります.しかし,60wt%過酸化水素は燃焼ガスの多くの部分が水であるために点火と保炎が極めて困難であり,80wt%以下での保炎例はほとんど存在しません.点火と保炎に成功すれば,60wt%過酸化水素はこれまで利用されてきた酸化剤の中で非常に適したものになり得えます.そこで,以下の 3 つの工夫を行うことで,点火に成功しました.

(1) CAMUI型燃料の採用による保炎性の向上
  
図7.溶解ノズル
(2) 触媒によって発熱分解された高温の酸素による点火
  白金触媒により過酸化水素を分解し,その生成物に含まれる気体酸素を酸化剤にして点火に成功しました.
(3) 溶解ノズルによる点火時の燃焼室圧力の引き上げ
  溶解ノズルはグラファイトノズルの内側に装着する高密度ポリエチレンのノズルのことです.ノズルスロート部に溶解ノズルが取り付けられることでスロート断面積が絞られ,小流量での点火時でも燃焼室圧力を高くすることができます.点火後は熱により溶解ノズルは溶けて無くなるため,本燃焼時には設計通りの燃焼となります.

  今後は,以上の点火に関する先行研究をもとに,保炎に関する研究を行っていく予定です.
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再点火装置


  上記のハイブリッドキックモーターの説明にあるように,交点がない 軌道への投入や深宇宙探査等を達成するには再点火が必要です.当研究室では,ハイブリッドキックモータ安全性,低コスト性を損なわない安全な再点火装置の開発を行っています.
  再点火装置(図1)は,ハイブリットロケットによく使われる固体燃料にグロープラグを挿入しただけの簡素な構造となっており,ハイブリットロケットへの搭載時には,バイパスライン(図1)のみを追加するだけでよく,小型軽量化を実現しています.
固体燃料には,端面燃焼式ハイブリッドロケットの技術を応用しており,酸化剤が通るための微小な穴を複数あけています.燃焼する際には,固体燃料の下流側から燃料が後退していきます.再点火装置を稼働する際には,まず,グロープラグに通電し,600℃以上に赤熱させた後,酸化剤を供給すると,供給された酸化剤は,燃料に開けた微小な穴を通って再点火装置下流へ向かいます.再点火装置の下流で,供給された酸化剤とグロープラグによりガス化された燃料が混合され化学反応を起こすことで,1000℃近い燃焼ガスが発生されます.この高温ガスがメインロケットに供給されることで,メインロケットを点火することができます.

  
図8.概要
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ノズル侵食


  ノズル浸食とは,ノズルスロート壁面と燃焼ガスに含まれる酸化物質の化学反応や,アブレーション(熱が加わることで材料が融解すること),あるいはノズルスロート部への固体燃料の破片の物理的な衝突によって,ノズルスロート部に劣化が生じたり,材料が除去されたりすることです.この,材料が削り取られる様子が,河川などで見られる浸食と似ているため,ノズル浸食と呼ばれるようになりました.この現象によって,ノズルスロート部の断面積が変化し,ロケットの性能低下を引き起こします.特に,当研究室で研究・開発が行われているハイブリッドロケットは,ノズル内を流れる酸化物質が多いため,固体ロケットに比べ,1.5倍から3倍の速度でノズル浸食が進みます.しかし,ハイブリッドロケットにおけるノズル浸食に関する実験的研究は非常に少なく,ハイブリッドロケットの課題となっていました.
  当研究室では,2014年の15kN級CAMUI型ハイブリッドロケットの地上燃焼実験で大規模なノズル浸食を観測し,大きな問題となりました.この問題を解決するために我々は,NTRT(Nozzle Throat Reconstruction Technique)法・TTRT(Throat Temperature Reconstruction Technique)法を用いたノズル浸食履歴の獲得や,機構の解明,およびノズル浸食の抑制技術に関する研究を行っており,現在ではこの分野で世界をリードしています.
  今後は
(1) ノズル浸食の起こる条件の解明
(2) 圧力や温度,ガス組成を変数とした公式化
(3) ノズル浸食の抑制技術
などの研究に取り組んでいきます.

  

  ハイブリットロケットにおけるノズル浸食履歴を得る上で問題となるのは,ノズルを流れるO/F(酸化剤流量と燃料流量)比が非線形に変化する,O/Fシフトという現象です.O/Fは,ノズル浸食量を決める重要なパラメータですが,燃料流量を直接計測することが困難であり,非線形に変化するため,O/Fの時間履歴,およびノズル浸食履歴を同時に取得することができませんでした.
  そこで当研究室では,(1)燃焼室圧力,(2)推力,(3)酸化剤流量,(4)燃料消費量,および(5)燃焼後のノズル径の5つの計測可能な値からO/Fの時間履歴およびノズル浸食履歴を同時に取得するアルゴリズムであるNTRT法(Nozzle Throat Reconstruction Technique)を開発し,ノズル浸食の解明に成功しました.またノズル浸食履歴と2点のノズル内部温度履歴を測定し,熱伝導方程式を解くことでノズル壁面温度履歴を得る,TTRT(Throat-Temperature Reconstruction Technique)法の開発も行いました.

  

  ここでは当研究室で提唱されているメカニズムについて説明します.ハイブリットロケットに使用されるグラファイトノズルの浸食は主に二つの工程を経て起こると考えらえています.
  (1) ノズルスロート壁面付近とノズル内の主流との間に生じる酸化物質の濃度勾配により,主流からノズルスロート壁面へ,酸化物質の拡散が起こる.
  (2) ノズルスロート壁面のC(炭素)と酸化物質が反応して,一酸化炭素として放出される.
  このメカニズムから,ノズル浸食は,燃焼の初期段階では化学反応速度律速,燃焼の中期以降の段階では拡散律速になると考えることができます.言い換えれば,燃焼初期にはノズルスロート壁面温度が低いため,Cと酸化物質などとの反応が起こりにくく,燃焼が進んでいくにつれて,ノズルスロート壁面温度が上昇することにより,反応速度も増加します.そのため,燃焼の初期段階ではノズルスロート壁面温度が,その後は拡散する酸化物質の比率に影響を与えるO/Fが,ノズル浸食を決める重要なパラメータになります.

  
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研究テーマ